よみがえれ有明海

1日も早い開門調査の実施で有明海の再生を

有明海漁民・市民ネットワークが福岡高裁の不当判決に対する抗議声明

有明海漁民・市民ネットワークが福岡高裁の不当判決に対する抗議声明

声明:諌早湾干拓「開門」確定判決への請求異議訴訟差し戻し審における

福岡高裁の不当判決に抗議する

有明海漁民・市民ネットワーク 代 表 松藤文豪

副代表 前田 力

2022 年 3 月 25 日、福岡高裁は、諌早湾干拓潮受け堤防の「開門」を命じた 2010 年福岡高裁判 決についての請求異議訴訟差し戻し控訴審で、国(農水省)側の請求を認め、「開門」の強制執行を 認めないという判決を下した。この判決は、以下の各点において、極めて不当なものである。

1.この判決は、有明海における深刻な漁業被害を無視し、漁業者を見殺しにするものである。 福岡高裁は、シバエビなどの漁獲によって、漁業者の漁獲量が回復していると強調する農水省側 の主張を認めた。しかし、この決定は、シバエビしか獲るものがない(しかも有明海奥部ではなく、 熊本沖まで出向く)という深刻な現状を「回復」と評価し、全体として深刻な漁獲減少が続いてい る実態に背を向けたものである。「宝の海」と呼ばれ、かつては多種多様な海の幸を私たちにもたら してきた有明海が、開門判決確定以降も魚が獲れず、貝が育たず、ノリ養殖も極めて不安定な状況 に置かれているのが現実であり、その中で漁業者は、懸命の努力の中で漁業を維持しているのであ る。ところが、福岡高裁は、私たちが再三にわたって訴えてきた漁業被害の本質的事実を無視し、 「事情変動があった」と強引に認定した。私たちは、国の暴論を恣意的に取り入れた司法判断に強

く抗議する。

2.判決は、諌早湾干拓の防災機能を過大評価し、諌早湾周辺地域の不十分な防災対策と、それに 関わる不正確な議論や認識を助長し、固定化するものである。

判決は、近年の気象変化を殊更に強調し、防災上の支障が相当に増大したと認定しているが、諌 早湾干拓事業の防災機能について、諫早市街地中心部などにおける洪水対策としての効果は、そも そも期待されておらず、気象変化を持ち出すのは筋違いである。

判決では、本明川水系の洪水対策についても触れられているが、調整池の水位管理が、本明川の 洪水水位に寄与するのは、河口から 2km 程度に限られると言うことは、「諫早水害史」にも示され た科学的な見解である。農水省などが諌早湾干拓事業の効果を誇張する議論の中で、諫早市街地中 心部への洪水対策としても効果があるように語られることもあるが、防災上のリスクに関する不正 確な議論であり、むしろ有害である。

私たちは、諌早湾周辺低平地の防災対策としては、強制排水能力を増強するべきであり、「開門」 がその契機となれば、地元の財政的な負担も軽減できると提案してきた。農水省が主張し、判決で も認めた近年の集中豪雨に対しても、強制排水能力を高めることこそが本質的な防災対策であるし、 実際にも開門判決確定以降、小野平野の葭原排水機場新設、森山町田尻地区の排水機場の増設など、 複数の排水設備の増強が行われてきた。そもそも近年の気象変化と言うが、確定した判決を覆すほ どの著しい事情変動には至っていない。

「開門」に関しては、地元住民や自治体が、対策工事に協力せず、むしろ実力で阻止してきたこ とで、「開門」の条件が整っていなかったが、「開門」への妨害行為と言うべきものまで、この判決 が、請求異議の理由として認めたことは、納得のいかないものである。

3.判決は、開門判決確定以降、営農上の支障が増大したと言うが、そのような事実はない。むし ろ、諫早湾閉め切りによって顕在化した、気温の変化や野鳥による食害など営農上の問題が複数あ る。

4.判決は、新たに形成された淡水生態系への影響を考慮すべきと言うが、かつてそこに存在して いた干潟生態系の価値を無視した詭弁である。有明海の環境改善のためには、失われた干潟生態系 の回復こそが重要なのであり、こうした詭弁が確定判決を覆す著しい事情変動に値しないのは明白 である。

5.以上の事実誤認に基づく「事情変動」の認定は、最高裁昭和 62 年判決で示された権利乱用論が 認められるための要件、すなわち「債権者の強制執行が,著しく信義誠実の原則に反し,正当な権 利行使の名に値しないほど不当なものと認められる場合であることを要する」という基準から大き く逸脱しており、法秩序を破壊する暴挙と言わざるを得ない。

6.判決は、間接強制金の受領や判決確定から 10 年以上の経過をも請求異議理由として認めてい るが、間接強制金は補償金ではないし、年月の経過が請求異議理由として認められるなら、確定判 決を履行せずに抵抗した方が得となってしまう。これでは、法秩序は崩壊するばかりであり、司法 の存在意義を自ら否定するものである。

7.判決は、2021 年 4 月に示した「和解協議に関する考え方」と著しく矛盾し、この問題にかかわ る分断や対立を解消するための裁判所としての役割と責任を放棄したものと言わざるを得ない。

「和解協議に関する考え方」では、「紛争の統一的、総合的かつ抜本的な解決」のために「柔軟か つ創造性の高い解決策を模索する」ことが目指され、諌早湾干拓問題に関する複雑化・長期化した 問題を解決する道筋が正しく示されていた。「開門しないことを前提としない限り和解協議に応じ ない」とする頑なな農水省に対して、「本件確定判決等の敗訴当事者という側面からではなく、国民 の利害調整を総合的・発展的観点から行う広い権能と職責を有する控訴人の、これまで以上の尽力 が不可欠であり、まさにその過程自体が今後の施策の効果的な実現に寄与する」とまで指摘してい た。ところが、農水省側は、和解協議を全面的に拒否し、「これまで以上の尽力」も、それに関わる 誠意のかけらも示さなかった。この農水省側の姿勢を厳しく断罪すべき福岡高裁が、今回の判決に おいて農水省側の主張を丸飲みにして、請求異議を容認してしまった。私たちは、福岡高裁の豹変 ぶりに驚くばかりであり、裁判所というものへの基本的な信頼が地に落ちたと言うほかない。

福岡高裁は、和解協議の「考え方」の最後を、「国民的資産である有明海の周辺に居住し、あるい は同地域と関連を有する全ての人々のために、地域の対立や分断を解消して将来にわたるより良き 方向性を得るべく、本和解協議の過程と内容がその一助となることを希望する」と締めくくってお り、有明海周辺の多くの人たちが、これに期待をしてきたが、今回の判決内容は、その期待を大き く裏切るものである。

話し合いを通じて農業や防災にも配慮した「開門」を実施し、漁業と農業が両立するかたちで有 明海沿岸地域を再生することは十分に可能である。有明海の漁業者として、有明海を再生し、豊か な漁業を将来に引き継ぐことが私たちの役割であり、責任であると考えている。

私たちは「和解協議に関する考え方」に立ち返った、話し合いによる解決を粘り強く求めていく 決意である。

以上