弁護団からの3月25日の福岡高裁による有明訴訟判決の解説書です
― 開門を命じた確定判決の内容を否定した不当な福岡高裁判決 ―
2022年4月2日
有明弁護団
1 「請求異議の訴え」とは?
債務名義(本件では開門を命じた「確定判決」)で認められた請求権の存在や内容について異議がある場合に,請求権を有する債権者に対して,その債務名義による強制執行をできなくするために提訴する裁判のことである。
異議の理由は,確定判決の基準時より後に生じたものに限られる。
2 判決の骨子(異議事由は,1つ認められればいいので権利濫用の成否のみ判断している)
本件各確定判決は,暫定的・仮定的な利益衡量を前提とした上で,期間を限った判断をしているものであるから,争点の判断に当たっては,その予測の確実性の度合いを前提にしつつ,前訴の口頭弁論終結後の事情の変動を踏まえて,改めて利益衡量を行い,これを決するのが相当である。
裁判所が認定した事情の変更に関する事実を踏まえて検討すると,口頭弁論終結時である現時点(令和3年12月1日)においては,本件各確定判決で認容された本件各排水門の常時開放請求を,防災上やむを得ない場合を除き常時開放する限度で認めるに足りる程度の違法性を認めることはできない。
以上によれば,現時点においては,本件各確定判決に基づく強制執行は,権利濫用に当たり,又は,信義則に照らし,許されないものというべきである。
(将来の強制執行ができないようにするために執行停止も認めている。)
3 判決の問題点
(1)判断枠組みについて
一般に,確定判決等の債務名義に基づく強制執行が権利の濫用と認められるか否かは,①当該債務名義の性質,②同債務名義により執行し得るものとして確定された権利の性質・内容,③同債務名義成立の経緯及び債務名義成立後強制執行に至るまでの事情,④強制執行が当事者に及ぼす影響等諸般の事情を総合して判断すべきである(最高裁昭和62年判決)。
→ 一般論としてはその通りである。ただし,昭和62年の最高裁判例はさらに「債権者の強制執行が,著しく信義誠実の原則に反し,正当な権利行使の名に値しないほど不当なものと認められる場合であることを要する」と述べており,この要件を無視した判断で不当である。
(2)事情変動の検討の前提について
事情の変動を検討する際には,たとえ事実としては,前訴の口頭弁論終結時よりも前に存在した事実であっても,その後の科学的知見等を踏まえ,新たな評価が行われた事実関係等については,これを考慮した上で現時点で改めて検討・判断するのが相当である
→ 「異議の理由は,確定判決の基準時より後に生じたものに限られる」という請求異議訴訟の一般構造に反する不当な枠組みである。
(3)漁獲量について
本件潮受堤防の閉切り前に遡ってみた場合,魚類の漁獲量は,上記のとおり,平成27年以降,増加傾向にあるとはいい得るものの,本件潮受堤防の閉切り前との比較で,それが回復しているとまではいえない。
→ 魚類の漁獲量が回復していないことを認めている。
(4)漁業行使権侵害の程度
本件潮受堤防の閉切り前との比較で,諫早湾及びその近傍部における魚類の漁獲量が回復しているとはいえず,その意味では,被控訴人らへの影響は,依然として深刻ではあり,控訴人が主張するように被控訴人らの漁業被害が回復したとはいい難い。
しかし,本件5つの共同漁業権の対象となる主な魚種全体の漁獲量及び本件各組合における組合員一人当たりの漁獲量は,全体的に増加傾向にあり,本件各確定判決の口頭弁論終結時である平成22年頃の数値からの改善がみられる。(←国の主張によれば「シバエビ,タイ類の増加等」が理由,大浦地区と有明・島原地区の漁獲の傾向の違いを無視した判断)
この点については,被控訴人らが指摘するように,魚類の質の問題や,本件潮受堤防の閉切りにより漁業を辞めざるを得なくなった者が生じ,組合員数が減少したため,組合員一人当たりの漁獲量が増加したことが考えられること等を踏まえると,単純な評価は困難といわざるを得ない。
しかし,本件5つの共同漁業権の対象となる主な魚種全体の漁獲量は増加傾向にあることが指摘できるほか,少なくとも組合員として実際に漁業に当たっている者の一人当たりの漁獲量は,本件各確定判決の口頭弁論終結時以後,増加傾向にあるとはいえる。
→ 全体を読んで,どうしてこれが開門義務を否定する根拠の1つになるのか意味不明
(5)対策工事について
これが控訴人にとって全く予想外の強硬な反対行動が主たる原因であるか否かや,控訴人の側に全く帰責性がないとまでいい得るか否かは措いても,・・・本件関係自治体や本件地元関係者の反対も,一定程度根強いものがあり,その間の社会情勢の変化等を含めた諸事情を踏まえると,控訴人が上記状況をあえて作出したとまではいえないことに加え,上記状況につき,専ら控訴人のみに責任があるとまではいい難い。
→ 対策工事が行われないことについて国の責任が一定あることは認めている。
(6)比較衡量について
本件各確定判決の口頭弁論終結時と比較して,被控訴人らが有する漁業行使権に対する影響の程度は軽減する方向となる一方,本件潮受堤防の閉切りの公共性等は増大する方向となったといえる。そして,これらを総合的に考察すれば,現時点,すなわち,本件の口頭弁論終結時において,控訴人が争点1において主張する本件各確定判決が様々の将来予測の下に行った客観的違法性の有無についての衡量判断を逆転させるまでの事情の変動があったといえるかは措くとしても,被控訴人らの救済として上記作為等請求までを認めるに足りる違法性,すなわち,本件各排水門の常時開放請求を,防災上やむを得ない場合を除き常時開放する限度であってもこれを認めるに足りる違法性があるとはいえないというべきである。
→ 事情変更の根拠とされる事実の1つ1つがどれも決定的と言えるようなものがないため(あえてそれぞれが独立の異議事由であるという国の主張への判断を回避しし)、衡量判断が逆転したとまでは言い切れないような、歯切れの悪い論述となっている。
4 その他
(1)権利濫用の認められる成立時期について
控訴人は,本争点に関し,前記・・・に記載のとおり,権利濫用の成立が認められる時期を問題とし,その理由として,同時期が,被控訴人らに対して支払った間接強制金の返還を求める際に影響する旨を指摘する。
しかし,上記控訴人が指摘する点は,最終的には当該返還請求訴訟において検討・判断されるべき内容である。本判決における被控訴人らの権利濫用に関する認定・判断は,仮にその成立時期が問題となり,何らかの判断がされたとしても,上記訴訟との関係において,単なる理由中の判断にすぎず,上記訴訟の審理・判断に,何ら影響や効力を及ぼすものではない。
また,上記の点を措くとしても,その他,請求異議の訴えにおける判断基準時に関する理論の例外とすべき事情が見当たらない本件では,被控訴人らによる本件各確定判決に基づく強制執行が,口頭弁論終結時点(令和3年12月1日)において,権利濫用に当たると判断すれば十分である。よって,控訴人の上記主張は,法的に当裁判所の判断を拘束するものではないと解されるから,本件において,これ以上の検討・判断を必要としない。
→ 裁判所の必要な判断の範囲に関してはそのとおりである。本判決では,令和3年12月1日以降,強制執行ができなくなったという以上の効力はない(当然に過去にさかのぼるものではない)。国が,仮に,間接強制金の返還を求めようとするのであれば,国が,いつの時点で,権利濫用になったのかについての主張立証責任を負うこととなる。なお,国は,①平成26年6月12日,②平成28年12月31日,③令和元年6月26日の3つの時点を主張していた。①については,対策工事の実施不可能になった時点という趣旨の主張であるが,対策工事ができない理由が一定国にもあることは前述のとおり。②については,漁獲量の増加傾向の根拠としているが,この点だけで権利濫用になるとも言い難い。③については,間接強制取消決定後のこと。
(2)付言
かかる法的判断は,両当事者を名宛人とするものであり,かつ,その効力は,原則としてその余の第三者に及ぶものではないことはいうまでもない。また,当裁判所がかかる判断に至る前提として認定した上記各事実及びこれを含んでその背景にある事実関係によって有明海周辺に実際に生じている社会的な諸問題は,当然のことながら,上記判断によって直ちに解決に導かれるものではあり得ない。
そこで,当裁判所としては,前記諸問題を解決するために,双方当事者が,そのいずれもが強く求める「有明海の再生」,すなわち諫早湾を含む有明海及びそれを取り巻く地域の更なる再生・発展に向けての施策の検討とその調整のための協議を継続させ,今後,第三者たる関係主体の利害にも広く配慮しつつ,更に加速させる必要があると思料する。国民的資産(有明海及び八代海等を再生するための特別措置に関する法律1条参照)であり,人類全体の資産(いわゆるラムサール条約の登録干潟等参照)でもある有明海の周辺に居住し,あるいは同地域と関連を有する全ての人々のために,双方当事者や関係者の前記諸問題の全体的・統一的解決のための尽力が,強く期待されるところである。
→ 和解協議に関する考え方の内容から大幅に後退したもの。本判決でむしろ協議を難しくしたとも言える。
以上
(なお,以上の文書は内容はわかりやすさを優先しているため,法律的にはやや不正確な部分もあることをご容赦ください。)